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板書計画よりも黒板の開放を [企画・思考]

板書計画よりも黒板の開放を
最近、うっとりすような美しい板書をする先生を多くみかけるようになった。
研究授業では、特にそうである。
板書計画が周到にされ、予め指導案に記されることも多い。
しかし、私は
「待てよ」
と思う。
そのような板書をする先生をよく見ていると、ほとんど黒板から離れないで
指導をされている。
子供に黒板を使って、計算させる。子供に黒板を使って説明させる。
このようなことがほとんどないのである。黒板から離れないので、勢い説明することが多くなる。
予め計画したことをどうしても伝えたくなるようだ。
結果、先生が懇切丁寧に説明する「おしゃべり授業」に陥ってしまうことも多い。
また、教科書に書いてあることをただ写すだけのことも多い。
そのくせ子供には教科書を開かせない先生も多くみかける。
板書を予め計画し、授業の見通しを持つこと自体は、誤りとは言えないと私は思う。
しかし、授業が計画とは異なる事態に直面したら、柔軟に修正する手立てもまた持たなければならないのだと思う。
恐らく最も危険なことは、板書計画を意識するあまり、子供を見なくなってしまうということだと思う。最近、道路を横断する際もスマホを見続ける人を多く見かけるようになった。周りを見ないで横断していることに気づかないのは横断するその人だけだ。
これと同じことが、教室でも起こりかねない。スマホには板書計画が示されている。
・・・私の思い過ごしなら・・・と思う。


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